パシュミナとヤクのお話。3:復興

 

 

 

 

前回からの続き。

以前当たり前のようにカトマンズで普通の人々によって作られていたパシュミナ。その以前の姿を取り戻したい思いは、ベシュナート ギミレさんの口から語られました。そして、私が探していた毛だけを沢山用意して、売り先を探していました。奇しくも私自身、ネパールで作ってきたオリジナル服をブランドとして日本で売りたいという夢に向かって動こうとしていた時期と重なりました。ネパールの本物の自然素材と言えるパシュミナはずっとやりたかったこと。素材の状態から作り上げ、マーケットを見つけるところまで、私がしないと誰もいないという現実。パシュミナ復興に関わるという大きな決断をしました。

 

パシュミナと自然素材の服を日本で実際に売ることを本気で考えなくてはなりません。物が溢れる日本のマーケットに向けてネパールからの挑戦です。大きな責任が私の肩にずっしりと重くのしかかりました。

 

パシュミナの原料は、ヒマラヤの4000m以上の高地に生息するチャングラ山羊の胸のあたりのうぶ毛です。山からそれを持ってくるルートはベシュさんが数年をかけて開拓していました。一旦途絶えたルートを復活させる努力は大変なことだったと思います。商売の安全性を考える普通の人ならできなかったことだと思います。突き動かしてきたのは信念でした。

 

まず、商品企画を始めました。日本で売ることを考えて、色やサイズを決めました。茶色のうぶ毛を選別して手紡ぎすると素敵な色の茶の糸が出来上がりました。それを活かすために経糸を同色のシルクにしました。シルクの控えめな光沢が、上品で高級感のある布にしてくれました。オリジナルストール第一号の完成でした。出会ってから数週間の間の出来事でした。そして、出来上がったストール数枚を持って日本に帰国しました。そしてこのストールとお洋服を持ち、知人のつてで半ば飛び込み営業した名古屋栄三越(今でもお世話になっています。)さんで、奇跡的に催事の機会を頂くことが出来ました。その後、本当に多くの方々との絶妙な出会いによって今まで導かれてきましたが、本当に感謝の思いでいっぱいです。          つづく。